素材探求-No.5【植林】

 

 リーファの家づくり私たちは一貫して国産材にこだわっています。その理由はここでは語りつくせないほどたくさんあります。植林、管理、伐採、製材、加工まで私たちは「リーファの家」の木がどこの山でどんな人が育てた木なのかしっかり管理しているのです

 岩手県内陸山形村の山奥、まだ残雪があるこの時期(4月末)、今年は平年に無く雪は多くて今はその雪を掘って唐松の苗木を植えています。ここは水源観葉林になっていて、水をある程度溜めるために木を植える。木が山にないと、雨水や雪解け水が一気に里や海に流れこんでしまう。それを止めるようにこのように木を植える地域になっています。これをやらないと海の汚染や漁業にも影響を及ぼすことにもなります。

 


 今植えているのは全て唐松の木で、約2年間、麓の畑で栽培した苗木です。苗畑は久慈にあり種から育てたものなんです。唐松は約40年程度で伐採します。以前は加工しやすい赤松、杉が多くて唐松は少なかったんです。唐松は硬くてクセがある木で、でも腐りにくいから坑木や土木用の杭によく使われていて、建築用材では使い物にならなかった。今は加工技術が進んで、唐松の特性を生かして建築の構造材では一番人気のある木になりました。今植えているのは全て唐松の木です。今ここで切った木は一つにまとめて入札をしたり、直接製材所に持って行ったりします。広葉樹はチップにして紙の材料にされたり、しいたけの栽培用や木炭になります。自然に種が飛んで木が育つ自然林もありますが、あのようにきれいに木が生えて育っている人工林とがあります。

 


 山は、まず地ごしらえをして、次に植付けをして下刈をします。その次に間伐と繰り返して行きます。1年その繰り返しです。成長を見ながら下刈をしたり、間伐していきます。この山の間伐は10年程するとその時期に入ります。植林は今の時期(4月)から初めて、入梅の頃までです。初め唐松を植えて、赤松、杉の順に植えていきます。杉は6月頃梅雨に入ってから植えます。だいたい夏前ぐらいで植林が終わります。苗木はこのようにある一定の間隔で順番に植えていかないと、植え残しがでるんです。この広い山ですから、後からその部分を探して植えないといけないとなると大変なんです。だから順番に雪まで掘って順々に植えていきます。

 植林後の管理としては、夏前に一度下草を刈ります。それをしないとせっかく植えた苗木が枯れてしまいます。苗木より何倍も雑草の成長が早くて苗木が負けてしまうんです。1年に2回程やればベストなんだけど今は1回しかできません。刈るのは木の回りだけでなく山全体を刈るので、その量も大変なものです。全て手作業で機械ではできない作業なんです。さらにこの山は急だから特に大変だと思います。

 


 私は(班長)は約30年程この仕事をしています。私達は、植林から伐採まで全てやっています。家は大野村でここから一時間ほど太平洋側に行ったところでたいがいその周辺で仕事をしています。いつもは、もっと平な山なんだけど、この山は特に急斜面で作業が大変な山です。でも急な分植える時は立った状態で植えることができるので、ある意味楽なのかもしれません。逆に平らな山は歩きやすいけど一日中腰をかがめるので腰が痛くて大変です。現場によっていい所も悪い所もあるんですよ。
 苗木は一日一人300本程植えます。1ヘクタール(100m×100mです)に2,500本程植えるのがひとつの目安になっています。朝、山に入るのは8時頃から夕方の5時頃までです。背中にしょっているのは約100本ほどの苗木が入っています。1日にこれを3回位です。
 今の時期は作業に一番いい時期です。これが暖かくなると虻や蜂が多くなって活発に動き出します。一番大変なのは夏場の作業で、虻とか蜂に刺されたりする事故がおきます。
 それに加えてマムシなんかも出てくるんです。その辺にもいっぱいいます。熊もいるんですが私はまだ出くわした事がありません。ただ足跡や木についた爪の跡はよく見かけますけど。このへんでは山で作業する人を「やまごさん」と呼びます。「やまご」は今どんどん減っています。林業をやる人で若い人はあまりいなくなりました。林業に係わる人は年々少なくなっています。その理由はこの通りきつい仕事だから誰もやりたがらない、若い人はもたないんです。いくら機械化が進んでもこのような現場では人の手でしかできないし、植えるのも切るのも人の手でなければいけない。でも楽しいこともあります。山に入って仕事をしながら山菜を採ったりできるのが唯一の楽しみです。タラの芽、しどけ、ワサビ、ボンナなんか採れます。

 最近、建築用材は輸入材におされて国産材の出荷が少ないようですが、日本の山の木の量は使っている量より増えている量のほうが多い。戦後植えた木ももう伐採時期に来ている。輸入材に関しては、今違法伐採等の問題や環境問題など、色々な問題で木材相場が上がって来ています。ある意味価格的な問題がいつもつきまといます。国産材に関しては、先に話したように山にはある程度の量はありますので、あとは設備や人などインフラの整備が進むとその環境も大きく変わります。最近は国産材を多く出せるように大きな製材所をつくったり森林組合でも積極的に取り組んできていますから、いままで量が不足して外国材に依存していた部分が国産材に切り替える事ができるようになってきました。そんな事から国産材はある程度価格の変動も少なく安定しています。

 


 山は国有林もありますが個人のものも多く、ここの山主さんは熱心に木を植えたり切ったり管理をしっかりやっていますが、山主さんによっては山をそのまま放置して荒れ放題になっている山もあります。そんな山は森林組合が声を掛けていくようにしていますが、なかなか話が進まないことも多いです。費用や採算性を考えるとなかなか難しいところもあるんでしょう。でもこれから先、次の子供や孫の時代に残していかないと大変なことになります。私たちが今切っている木も親や先祖が植えた物です。理屈は抜きで今苦しくてもやっていかなければいけません。そう思うと昔の人たちの考え方はたいしたものだと思います。

 

 [後記]
 山を守るということが、里を守り、海を守る。山に木のある大切さがよくわかった。そして自分達が普段見慣れている木がこんなに手を掛けて育てられ切られて製品になり出荷される。それは単に他の建築部材と違って多くの方々の手がかけられ、それも大変な苦労をしてさらに長い年月をかけ世代を超えて大事に育てられた「木」。山を守っていくことの重要さ、本当にやっていかなければ私たちの未来はないと思いを取る感じた。今、私たちのライフスタイルの中でものの考え方や日常の生活が大きく変化している。同時に林業に係わる人達も減少している現実。山を思い、子や孫、未来までも思い続けて毎日同じことの繰り返し、毎月、毎年同じことを繰り返し、それを自分の仕事として迷わず続ける「仕事観」。
 自然のサイクル、それは少し前まで当然のように自然とやられていたし、繰り返されていた。今これから先祖が残していった大事な財産を私達は守り、増やしていく義務がある。子供や孫のために。今回の取材では「やまご」をはじめ山主、山にかかわる全ての方々の仕事は、後世まで自分達が手がけたものが継続され、そしてその成果と結果が次代に残る。決して自分達だけのためで無く、またその仕事もあせらず地道に回り道も近道もない、そんな「やまご」の仕事観と今の「私」の仕事観を重ねた時、何か違うような気がした。自分はもっと将来を見据えた仕事の仕方や、そのビジョンが自分の仕事の中に無ければいけないと思った。それが本来の本当の仕事なのではないだろうか。
 山にかかわる全ての人に敬意を表します。